第60回記念西日本学生剣道大会・第30回記念西日本女子学生剣道大会

 風薫る「アジアの玄関口」福岡県福岡市「福岡市民体育館」において、5月23日~24日の二日間、第60回記念西日本学生剣道大会・第30回記念西日本女子学生剣道大会が開催されました。東海・北信越・関西・中四国・九州の各学生剣道連盟に加盟する大学による団体戦である本大会において、本学は、第4回・第5回大会(昭和34年・35年)の二連覇を始め、3位2回(昭和36年・昭和43年)という輝かしい実績を有します。本年も、本学からは男女ともに出場し、以下の布陣で、この福岡遠征に臨みました。

 

  男子

      今井 優希 (4年 上宮高等学校出身)

      高瀬 崚馬 (4年 履正社高等学校出身)

      右田 直規 (4年 松阪高等学校出身)

      土橋 孝史 (3年 四天王寺羽曳丘高等学校出身)

      山内 寿希也(3年 履正社高等学校出身)

      明照 佳祐 (3年 報徳学園高等学校出身)

      祐谷 樹  (3年 八頭高等学校出身)

      石上 純平 (2年 滝川第二高等学校出身)

      井上 康平 (2年 伊丹北高等学校出身) 

  女子  

      坂本 里来 (4年 甲子園学院高等学校出身)

      中本 夏海 (3年 西大寺高等学校出身)

      小日山 瑞希(3年 初芝立命館高等学校出身)

      恵上 かし香(2年 相生産業高等学校出身)

      中川 萌  (1年 甲子園学院高等学校出身)

      野村 純花 (1年 津田学園高等学校出身) 以上

 

 男女ともに、2回戦までを第1日目に、3回戦からを第2日目に試合が進行しましたが、女子は志學館大学を相手に先鋒戦から副将戦までを引き分け、迎えた大将戦で二本負けを喫し、初戦敗退となりました。男子はシードで迎えた鹿児島国際大学との初戦を前衛陣の連勝で制し、第2日目に駒を進めます。3回戦で相対する松山大学は、前身の松山商科大学時代も含めると中四国学生剣道優勝大会(団体戦)優勝16回を数え、OBから世界選手権者(大城戸功 教士八段)を輩出し、近年はOBが地元愛媛県警察の特練に多く在籍する中四国の強豪です。続く4回戦に前年度の全日本学生剣道優勝大会覇者である鹿屋体育大学戦が控えることから、この一戦で勢いを得たいところでしたが、先鋒の一本勝ちで流れを作ることができず、五将・中堅戦で逆転を許し、三将が二本追加されて勝敗が決しました。試合結果は次の通りです。

 

  男子 2回戦(シード) 

      甲南大学 2(5) ― 1(2) 鹿児島国際大学

     3回戦

      甲南大学 1(1) ― 4(6) 松山大学   

    →3回戦敗退

  女子 1回戦

      甲南大学 0(1) ― 1(3) 志學館大学     

    →1回戦敗退

 

 また、大会当日は福岡県在住の先輩方にご来場賜りました。現役学生に代わり厚く御礼申し上げます。

 

   ご来場の先輩  山本 秀樹 先輩(S57年卒)

           塚本 博司 先輩(S59年卒)

           髙本 義崇 先輩(H 4年卒)

           井上 隆久 先輩(H22年卒)  

 

 なお、本大会の結果は次の通りです。

 

   男子 優勝  鹿屋体育大学

      準優勝 大阪体育大学

      第三位 環太平洋大学

      第三位 同志社大学

   女子 優勝  福岡教育大学

      準優勝 大阪体育大学

      第三位 龍谷大学

      第三位 佐賀大学

会場となった福岡市民体育館
会場となった福岡市民体育館
整列した大会役員・審判員が式進行中は着席するのも本大会ならでは
整列した大会役員・審判員が式進行中は着席するのも本大会ならでは

学生の大会には珍しく開会式で日本剣道形演武が披露された
学生の大会には珍しく開会式で日本剣道形演武が披露された
中川萌 選手(1年)
中川萌 選手(1年)

野村純花 選手(1年)
野村純花 選手(1年)
小日山瑞希 選手(3年) 一本先取されるも取り返して引き分けに持ち込む
小日山瑞希 選手(3年) 一本先取されるも取り返して引き分けに持ち込む

中本夏海 選手(3年)
中本夏海 選手(3年)
坂本里来 選手(4年)
坂本里来 選手(4年)

男子初戦 対 鹿児島国際大学戦
男子初戦 対 鹿児島国際大学戦
男子3回戦 対 松山大学戦 先鋒の山内寿希也 選手が一本勝ちでリードするが…
男子3回戦 対 松山大学戦 先鋒の山内寿希也 選手が一本勝ちでリードするが…

写真提供:菅沼満寛 監督(S53年卒)

     堂内昌孝 監督(S57年卒)